(東京)―日本の石破茂首相は、2025年5月下旬に予定されるカンボジアのフン・マネット首相の訪日時に、人権問題について公の場で懸念を表明すべきだと、ヒューマン・ライツ・ウォッチは本日述べた。カンボジア政府は表現や集会の自由、労働者の権利の弾圧を強めており、日本を含む各国のカンボジア政府批判者を弾圧している。
「カンボジアのフン・マネット首相の訪日は、石破茂首相がカンボジアの主要な人権問題について公の場で懸念を表明する格好の機会である。具体的には、報道の自由や労働者の権利のほか、日本をはじめ各国に住む政府批判者を標的とした弾圧が挙げられる」と、ヒューマン・ライツ・ウォッチの笠井哲平・アジア局プログラムオフィサーは述べた。「主要なドナー国であり、また有力貿易相手国でもある日本は、カンボジア政府が自国民の弾圧を止めないならば、これまでどおりの関係を続けるわけにはいかないと明確に告げるべきだ」。
ヒューマン・ライツ・ウォッチは、2025年4月28日付の石破首相宛の書簡で、「フン・マネット政権の下、カンボジア当局は表現の自由や平和的集会の権利を制限し、独立メディアを標的にし、反体制派や政府批判者を政治的動機で逮捕・拘束する動きを強めている」と指摘した。 父親のフン・セン氏は1985年からカンボジアで実権を掌握してきた。現在は上院議長を務め、与党カンボジア人民党の党首を今も務めている。
国際労働機関(ILO)の条約に基づいた労働者の結社の自由の尊重と保護について、カンボジア政府の対応は過去10年間で着実に悪化している。2016年に制定された労働組合法は、労働組合の強制登録と最高代表者資格に関する過度な規定を導入している。これにより、労働組合が団体交渉を行い、労働紛争時に仲裁評議会で労働者を代表する能力に事実上の障壁が設けられている。
最近、労働組合法が改正されたにもかかわらず、その規定は、労働者が組合を結成し、自ら選んだ組合に加入する権利、団体交渉時に組合が本人の代理を務める権利、組合を通じた労働紛争解決を利用する権利にとって、依然として大きな法的障壁となっている。ILO 基準適用委員会は2024年6月に、カンボジアの国内法令を改正し、労働組合が登録し、活動する能力を保護すべきとの勧告を行った。
2024 年 5 月、国連人権委員会でのカンボジアの普遍的定期審査でも、多くの国連加盟国が同国政府に対し、労働条件や労働基準の改善を始め、市民社会、労働団体、結社の自由が尊重される環境づくりを行うよう求めた。
石破首相はフン・マネット首相に対し、労働組合法、結社および非政府組織法をはじめ関連する法規を改正し、国際的な人権・労働基準に沿ったものにすることを強く求めるべきだ。
このほかカンボジア政府は、日本を含む国外でも、政権批判者や、亡命して国外で活動する野党党員などへの嫌がらせや脅迫(国境を越えた弾圧)を繰り返し行っている。
2024 年 5 月、野党「国民の力」のスン・チャンティー党首が日本からの帰国後に逮捕された。日本では現政権に批判的な同党の支持者に演説を行っていた。7月、東京で行われたメディアのインタビューでフン・マネット首相とフン・セン氏を非難したことが名誉棄損に当たるとして、カンボジアの裁判所は野党キャンドルライト党のティアウ・ワンノル党首に150万米ドル(約2億2千万円)の罰金を科した。
カンボジア当局は 2024 年8月、日本で政治活動を行うハイ・ワンナー氏の弟のハイ・ワンニット氏(28)を強制失踪させた。これに先立ちフン・セン氏は、同月に行われた演説でハイ・ワンナー氏を名指しで脅迫していた。当時、同氏は、政府に批判的な団体「在日カンボジア救国活動の会」の代表で、カンボジア・ラオス・ベトナムの3ヵ国の国境地帯での経済開発計画である「開発の三角地帯」(CLV)を批判していた。
2024 年 10 月、フン・セン氏の特使2人が来日し、東京都内のホテルでハイ・ワンナー氏に対して、過去の活動への謝罪とカンボジア与党への忠誠を誓う内容の動画撮影を事実上強要した。10 月 18 日、プノンペンの裁判所はハイ・ワンニット氏の釈放を命じた。これは、フン・セン氏がハイ・ワンナー氏の謝罪動画を自身のソーシャルメディアに投稿したのと同じ日のことだった。
石破首相はフン・マネット首相に対し、政府批判者に対する国内外での脅迫の即時停止と、基本的権利の行使を理由に不当に拘束されている人びとの即時釈放を公の場で求めるべきだ。
「人権外交の宣言に則り、石破首相はフン・マネット氏の訪日という貴重な機会を捉え、カンボジア政府に対し、自国民の権利保護という政府の義務を果たすよう強く働きかけるべきだ」と、前出の笠井・プログラムオフィサーは述べた。「日本が一連の問題について沈黙することは、カンボジア政府に対し、抑圧的な政策を続けても構わないとするメッセージを発することになる」。